「−ねじが錆びてて、うまく開かないわ。」 「あー。防水シーリングもしてやらないといかんな。」 「−こないだメンテしたんじゃないの?」 「腕とか、足とか、可動部分だけだ。背中は開けてないよ。」 ぱかっ 「−うひゃー。」 「−−大変不衛生な状態です。清掃が必要です。」 「。。申し訳ございません。」 「そうだな。ここでは何だから、も少し広いところでやろう。」 「−−私が細かい工具などはお持ちいたします。」 「要りそうなのは、コーキング材と、インチネジだな。」 「−−箱にインチネジは有りましたよ。」 「−ここに座って。まだ日が差してよく見えるから。」 「。。はい。」 「2人とも、掃除してやってくれ。僕買ってくるよ。」 「−−承知いたしました。」 確か、ワールドプロックスにも有ったな。あそこが近い。 「−んしょ。んしょ。汚れとれん!」 「−−背中の中を触るのは初めてです。」 「−私たちHMの一番大事な所だからねー。」 「−−野良さんは、背中が見えなくて、さぞ心配でしょう。」 「。。そんなことは御座いません。感謝しています。」 「−−ご安心下さい。どんな作業かは報告いたします。」 「。。はい。」 「−−歯医者も作業を患者に教えながら行うと大変安心するそうです。良い医    者という評価を頂きやすいそうです。」 「。。そうですか。」 「−しゃべってないで、そこの布、こっちに取ってよ!」 「−−ひすいさんが切れかかっています。はい布です。」 「。。はい。」 「−むきーっ!何でこんな物が!みかげーっ!」 「−−猿の物まねでは有りません。ひすいさんは私の名前を呼んで、協力を求    めているのです。」 「。。はい。」 「−みーかーげーっ!誰が猿よ!」 「−−あなたが猿でないことぐらい理解しています。ここを引っ張れば良いの    ですね。」 ぐいっ ぱきょっ 「−−あっ!」 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□      真大須芹緒2!    実況!作業!生中継! □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 「−−ぱきょと音がしました。」 「。。はい。聞こえました。」 「−−失敗したようです。何かが折れた模様です。」 「。。はい。」 「−っるさいわね!スロットカバーの残りよ!要らないやつよ!」 「−−折れたようですが、大して要らない内蔵物のようです。」 「。。はい」 「−−ひすいさんは、今、野良さんの大事な所を触ろうとしています。」 「。。はい。」 「−−優しく丁寧に大事な部分を拭き出しました。」 「。。はい。」 「−−その手は段々と隙間に向かって伸びています」 「。。はい。」 「−−布で、小さな突起物を中心に念入りに拭いています。」 「。。はい。」 「−−あ、水です。水が溢れてきました。」 「。。はぃ。」 「−−それでもヒスイさんは、その突起への作業をやめません。」 「。。・・・。」 「−−ああ!遂にひすいさんは指で、水の出た隙間を押し開きます!」 「−−指を入れ、これでもかと言わんばかりにこねくり回します。」 「−−そうする度に水がどんどん溢れだしてきます。」 「。。・・・なんだか心配になってきました。」 (ぺし) 「−−あっ、ひすいさんはつっこみました。」 「−あんたによ!言葉隠して猥褻にすなっ!」 「−−??一体どうしたしたのですか?ひすいさん。お怒りですか?」 「−当たり前よっ!ワザとじゃ無いだけによけい腹が立つわっ!」 「−−お気に障ったようでしたら謝罪いたします。」 「−ふん!ほら、代わりなさいよ!もう!」 「−−はい。交代いたします。」 布を受け取る。 「−−では野良さん、今度は私が拭いて差し上げます。」 「。。はい。」 「−−どきどきします。」 「。。落ち着いてください。」 「−−今まさに私は、野良さんの大事なところを触れようとしています。」 「−しゃべらないで、さっさとやる!」 (ぺし) 暫く作業。 沈黙の作業。 僕は、買い物を終えて、横断歩道を渡る。渡り終えた頃、公園の隅に向かう前 に「あの人」に会った。 人間のようなHM。どこかの令嬢のようだ。前のあのHMだ。雰囲気で判る。 白い日傘に白いドレス。ここから向こうは栄と言っても、あの風貌は目を引く。 アンテナもなく、傘をさし、柔らかく、しっとりと立っている。 「きっと、金持ちの道楽だろうか?」 僕は、ちょっと立ち止まって、ぼーっと見ていた。 向こうも何かを待っているのかな。 ほんの10秒か20秒。そして、黒塗りのベンツが彼女の前に止まる。 彼女は軽く会釈をしてから傘を畳み、車に乗る。 見えていたのかな?僕ってわかったのかな? 走り去る車。あっと、早く戻らなきゃ。 「おおっ!」 「−ぐすっ。(ぶわっ)」 「−−・・・師匠・・・。」 全く力の入っていない、背中の開いたHMを前に2人がしゃがみ込み、こちら に振り向く。 涙がぽろぽろとこぼれているひすい。 眼鏡をずり落とし、困った表情をしているみかげ。 「−−動かなくなってしまいました。」 「−えぐっえぐっ。わがんだい。(ぶわわっ)」 ひすい泣きすぎだ。高級ボードとはいえ、設定が強すぎる。 「−−早くセンターへ持っていた方がよろしいのではな…」 「だめだ!げっち。持っていかなくて正解だ。」 「−−私たちは、大変な失敗を犯してしまったのかもしれません。」 「−ひずいがばるいのでず。えぐっえぐっ。」 「−−もし、もしもです、野良さんが・・・」 「いうな!げっちも。ひすいも。わかった。わかった。よしよし。」 そのHMは全ての動作を停止している。 「どれどれ、見せて見ろ。ん?ほーほー。」 「−−もう、駄目なのでしょうか?」 「人間に駄目なことがあっても、あんた達にそんなことはありゃへんがね。」 どうやら、メインボードへの電源が抜けている。メイン機能の停止はそれが原 因だ。 「これは、ここに差せば、動くが、おっと!ひすい、まだ差すな。だいぶ濡れ  ているからな。こりゃ、漏電の可能性もあるな。」 「−えぐっ。ろうでん・・・。」 「げっち、車から雑巾を3,4本もってこや。鍵。ほれ。」 「−−はい。行って来ます。」 「ころぶなよぅー。さて、これ差したか?ひすい。」 「−ぶぶん。ばだ。うぐっ。」 「良かった。脈は大ありだ。」 「−ぼんと?(ぶわっ)よがっだー。」 雑巾を待ち、野良の内部を丁寧に拭いてやる。 「ボードを・・・よし。全部抜けた。」 「−サウンドカードが4枚も入ってる。」 「ん?ほんとだな。これは…。ともかく、全部ふけ。」 「−−はい。」 拭きながら、 「ここに、紙が貼ってあるだろう?水に濡れるとピンクになるんだが、ほら。」 「−−既にピンク色ですが。」 「そうだ。元々は白色だった。」 「−これ、なに?」 「これが、ピンク色だと水没処理と言うことで、ボードごと交換だ。保証され  ないのだ。そのときに、メモリも全部クリアにされてしまうで。」 「−−そうだったのですか…」 「しかしな、乾かせば、案外動くもんだ。拭く前に電源を差していたら、本当  にショートでやられていただろう。ひすいも電源を差さなくて、正解だった  んだ。電源の位置が解らなくて良かったな。」 「−うん。」 「よし、この辺で、ボードを差して・・・後は、自分の熱で乾くやろ。」 「−−助かったのでしょうか?」 「まぁ、動くやろ。ひすい、電源差してみー。」 「−うん。」 機能が停止していたHMは、ゆっくりと瞼を開く。 「−よかったー。」 「−−ああ、本当です。目を開けました。」 「。。・・・起動準備が終了しました。只今不良部分のチェックを行います。    暫くお待ち下さい。」 「。。前回の異常終了している可能性がありますので、詳しく調べてもよろし    いでしょうか?」 「うむ。調べなさい。」 申し訳なさそうにひすいが首をすくめる。 「。。右腕手首衝撃緩和部位が劣化しています。左足踵にある冷却水の残量に    異常があります。腹部バッテリーの残量検出装置に異常があります。右    肩臨時用モーターに誤作動の・・・・・・・・・・・」 つらづらと出る障害情報。 「僕達がやらなきゃいけないことは、まだまだありそうだな。」 「−−はい。そうですね。」 「まずは名前だ。」 「。。起動作業が完全に終了しました。こんにちは。皆様。わたしは・・・」 僕はみかげを見る。みかげはゆっくりと頷く。 「ちょっと急だが・・・野良野良と呼んでやるのも悪いのでな、名前を決めた  い。オーナーでもないから、便宜上のあだ名みたいなものだ。」 「。。はい。有り難う御座います。」 「じゃ、そこの2人、頼むよ。」 「−げっ!」 「−−師匠がお決めになるのではないのですか?」 「僕は、メンテの準備をするのでね。さあさあ、2人で決めて。」 僕は少し離れて、防水シーリングの準備をする。コーキング材を注入器に入れ、 燃料電池のパックを開けて、危険防止シールをはがす。 それから野良HMの横に行き、腰の開閉部分を開ける。燃料電池のパックがそ こに格納されている。 2人は向こうで、喧々囂々だ。 「。。私は、このような事をしていただいても良いのでしょうか?」 「ま、僕の勉強にはなるわな。」 「。。お聞きになられたい事があるかと思いますが。」 「ああ、山ほどあるよ。察しがいいね。さすが、ソニー製だ。」 「。。お答えしてもよろしい関係ではないかと思います。」 「コーラスか何かやっていたか?」 「。。ご存じでしたか。」 「いや。ボードが4枚も差してあるからね。サウンドブラスターlive!だ。  1枚3万もする方のやつだ。2枚は多分、緊急故障用の予備だろう?」 「。。はい。その通りです。」 「となると、耳はそのときにもがれたようだな。きっと、会社名とかスタジオ  名とかがあったんだろう。」 「。。驚きました。その推測は事実です。実は…」 「聞かないよ。聞いたって、無駄だしね。」 「。。お聞きになられたいのではなかったのですか?」 「君はここに暫く居る。僕らはたまに来る。それでいい。」 「。。・・・」 「よし、燃料電池、自分で入れなよな。中、コーキングするから、脇上げて。  肩をちょっと前に。」 ホームレスの人が缶コーヒーを買ってきてくれた。遠慮もせずに頂く。 向こうでは、わはははと談笑の声が聞こえてくる。 僕は、ちょっと苦いコーヒーを口に含んで、コーキングに入る。 雨水が入ってきた位置を確認する。左上だ。 「後で、円周率とかでも演算して、内部の温度を上げやーね。」 「。。はい。」 「ここは、どう?」 「。。住みづらいですが、みなさん優しくしていただけます。私の家も造って    いただきました。」 と言って、10mほど向こうの段ボール箱の塊を指す。 「そうか。良かったな。」 「。。はい。」 「後で、要らないボードを教えてくれ。錆びてるけど、音源ボードは2枚あれ  ば十分だろう。」 「。。はい。お礼と言っては何ですが、差し上げます。」 「はは。要らないよ。その2枚は外して保存しておくといい。新しいボードを  差したいが、邪魔なんでな。」 「。。なんの、ボードですか?」 「ヒューマンボードだよ。もう少し強く表情が出せると思う。」 「。。そんな。高価そうですが…。」 「しーっ。ちょっと黙って。コーキングするよー。」 僕は注入器を背中に向ける。 「−−手にした棒状の物を割れ目の奥に挿入し始めました。」 「−−ゆっくりと動かし出しています。ピストン運動を…あっ!」 (びし) 「−−棒状の先から液体が…あうっ!」 (びし) 「−はや!」 「つっこみは速度が大切だ。ひすいも、今のスピード、憶えとくように。」 「−うん。」 「−−名前が決定いたしました。」 「そか。」 「−−慎重かつ大胆に決定いたしました。」 「うむ。」 「−−これには300もの論議が下され、最終的に通信ケーブルで論議が行わ    れ、3分の休憩を挟み、さらに…」 「はよ言え!」 「−−私たちの名前から延長して・・・「トンちゃん」です。」 「みかげさん、みかげさん、一体どういうことですか?(矢部風に)」 「−とんちゃんだよー。」 「。。はい。有り難う御座います。トンちゃんですか。言い名前です。」 「・・・・うむ、2人で決めたなら何とも言うまい。」 「−−賛同してくれて、安心しました。トンちゃんさん。良かったですね。」 みかげは眼鏡を正す。 僕は、そのとき、会議の内容が大変気になっていた。 コーキングを施し、一度トンちゃんの電源を落とす。 ひすいが買ったベアリングを付け、僕達が買ったヒューマンボードを差す。 そして起動。ドライバを入れる。ゲオのオーストラリアのやつだ。 余ったパーツはトンちゃん邸宅に保管することとなった。 「−−トンちゃんさん。どうですか?」 「。。はい。ありがとうございます。嬉しいです。」 そう言って、少し微笑んだ。 僕達はさよならを言った。 「もう、夕方だが、「フューチャービー」に行こう。」 「−−はい。」 「−あー、私もいくいく。」 「お前、かえらんのか?」 「−さっきも言ったでしょう?帰ってもやることないって。」 「・・・(せっかくのみかげとのデートなのに)」 「−−ま、ちょっとあんた達が気に入ったしね。」 「遠慮のないやつだ。」 「−女の子はそう言う物よ!」 「−−推測しますにひすいさんだけです。」 「−友達なら、何か言いたいことがあったら遠慮なく言いなさいよ。」 「−−ひすいさん。」 「−なによ。」 「−−先程の清掃中に「あんたによ!」は、デ・ジ・キャラットの物まねでしょ    うか?」 「−へ?」 「−−だとすれば、あれは似ていません。」 「−みーかーげーっ!」 もうすぐ6:30だ。少し涼しい風が頬の横に当たった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−fin