会社帰り。 「ただいまー。今日はまだ早いほうかなぁ。」 「−−お帰りなさいまし。」 「おおっ!なんだこの部屋は。」 「−−はい。整頓しております。今まさに部屋が生まれ変わる瞬間といっても    過言ではありません。」 「何だか最悪のちらかり具合の様な気が・・・」 「−−気のせいです。計算上、着実に整頓されつつあります。後2日はかかる    と推測されますが。」 「本が分類されている…」 「−−はい。主に雑誌、単行本、出版物、法人で作成された物では無い物と分    け、更に近い内容の物で区分を行っています。」 「積み上がってたが、分類するとこんなものか。もっと多いかと思ってた。め  んどくさくて暫くやってなかったしなー。」 「−−いえ。もっと多かったですよ。あ、服はお預かりします。」 「え?」 「−−服はお預かりします。」 「いや、その前。」 「−−はい。本はもっと多く存在していました。」 「げっちちゃん。・・・・・・どういうことかなー。」 僕は辺りをきょろきょろし出す。隅に燃えるゴミが2山。 みかげは眼鏡を正し、正座を整える。 「−−環境上無駄と判断されたものは捨てました。」 「捨てた?」 「−−はい。「捨てた」です。」 「本を捨てたんだ。」 「−−はい。捨てました。・・・あ、いくつかはまだそちらにありますが。あ    の、重複していない物や、コピーで適当にあつらえた様なもの以外はちゃ    んと分類し、保管してありま…。あうっ」 (びしっ) 「のぉぉぉおおぉぉぉ。」 慌てて、表へ行き階段をおりていく。 ばたん。カンカンカンカンカン… 「どこだ?んん?どこにあるんだ?」 カン・カン・カン・カン・・・ 「−−師匠、どうなされましたか?回収車ですか?お昼に来たのですが、整頓    が間に合わず、全てを捨てることができませんでした。申し訳ありませ    ん。」 「がくっ、無いのか…」 「−−来週まではこないそうです。残念ですね。」 「・・・」 「−−あ、? えっ? 突然このような場所では…不衛生な可能性があります。    一度部屋へ戻ってからの行為ではいけませんで…あっ!」 (びしびしびしびし) −−−−−−−−−−−−−「大須芹緒組9」−−−−−−−−−−−−−− −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 深々と頭を下げるみかげ。 「−−本当に申し訳ございません。私が全て悪うございます!どうか、どうか!    如何様な処罰も覚悟している所存にて、なんなりと…」 「んー。もういいよ。僕もちょっと怒りすぎた。すまなんだな。」 「−−いえ、でも、それでは、私の…」 「そのかわり!」 「−−はいっ!(わくわく)」 「これらの本とは「なんぞか」ということと、整頓の方法を教える。ちなみに  我々の領土内では、げっちが持っているデフォの情報は通用しないことが多  い。わかったな。」 「−−はい!是非お教え下さい!」 僕はこの晩遅くまで、みかげと一緒に本を整頓した。 同人誌という物があること、貴重さは装丁では無いこと、お気に入りは2冊買 うこと、雑誌はアイロンをかけ、糊を外し、欲しい部分をファイリングするこ と。みかげは夜遅くまで一生懸命聞いて、整頓した。 「−−師匠!朝です。お起き下さい。師匠。」 「うーん。おっはー。」 「−−おっはー。でございます。」 僕はシャワーを浴び、みかげが誂えた目玉焼きとパンを食べる。 「さすがに部屋が綺麗になってるな。」 「−−はい。外部電源をお借りして、ずっと整頓しましたからです。この調子    なら、今日の夕方には全ての作業が終了します。」 「今日、栄のパルコ、忘れるなよ。シールもらってきてからは自由にしやー。」 「−−はい。」 「メモリは消させんようにロックかいやーな。」 「−−かいや?はい。ロックを行えば良いのですね。」 「おっと、着替えんと。服服ーっと…」 「ここです。靴下はそちらに。」 人の家みたいだ。でも、少しうれしい。 出社。 システム部だけあって、毎日違う仕事が発生する。トラブル応対も多く、くた くたになる。 (げっち、どうしとるんかなー。) 多くのHMは定型作業が無ければ休息をとる。セリオタイプも同様だろう。 帰宅。 みかげがいない。 既にセンターはしまっているはずなのに…。どうしたんだ。 小さな折り畳みテーブルの上には昨日買ったMGササビーが完成している。 すごい出来映えだ。昨日は腕までしか作っていなかったのに。 「全くもー。プラモの作り方も教えてやればよかったな。楽しんで作らなきゃ  な。……。」 しばらく待つが、遅い。8:30を回る。 遅すぎる! 「しまった。」 「電話させればよかった。」 時折、口にしながら外を歩く。徒歩でバス停まで行ってみることにした。 …いない。バスを2本ほど待つが、しびれが切れ、走って戻る。 車で大須へ。 パルコ前。夏の夜が近いのか、人通りはある。 「今日は、どんな格好で出たんだ?あー!もうっ!」 人通りを確認しつつ探すが、見あたらない。 僕は、小さい頃に壊れた玩具を捨てて帰ってきた事を思い出していた。直せば また遊べたじゃないか、もっと方法があったじゃないか。ひょっとしたら本当 に壊れたわけではなかったのかもしれない。 「ヘラルド映画館」の前で、煙草をくわえる。かなり精神的に泣きが入ってい る。映画館から公開中の映画の音楽、少し向こうで聞こえるクラクション。 「落ち着けば、何か手がかりが掴めるはずや。」 自分に言い聞かせるように呟く。 もう一度センター前までいくべきだ。それから、家までの道程を洗おう。 センターに戻る。当然閉まっている。 僕はガラスに張り付いて、中をのぞく。両手を目の回りに当て、中が見えやす いようにネオンを遮る。 いない。 「  もし。」 2秒ほどたち、 「  そちらの方。」 僕を呼んでいるのか?みかげの声ではない。 「ん?」 「  やはり、先日のオーナーの方でございますね。」 「君は…HMか?」 「  はい。」 黒いナイトドレスを着た女性だ。肘までの黒い手袋をはめ、セカンドバッグと 日傘らしきものを手にしている。 「ごめん、よくわからない。覚えてないんだ。」 「  結構でございます、…お連れのHMさんをお探しですか?」 「うん、知っているのか?」 「  ええ。あちらの、ベンチのあたりで待っているような雰囲気でしたよ。」 「あ、あ、ありがと!」 聞くやいなや走り出す。 100m道路下の公園だ。バスケットボールが転がっている。 僕は、おろおろとしながら、あたりを探す。 みかげは4つ目のベンチに座っていた。 「みかげ・・・」 「−−師匠…」 眼鏡がずり落ちたまま、少し悲しげな表情のみかげは、下を向く。 向いたまま、間が空く。僕が1歩踏み出したとき、 「−−私は、駄目ロボットです。」 「−−言いつけも守れず、シールも他の方に差し上げてしまいました。」 「−−さぞ、お探しするのも時間がかかったでしょう。シールも高いと思いま    す。オーナーに迷惑をかけるHMなんて、不良品です。そんなHMは私    一人ぐらいでしょう。」 「まて、げっち!」 「−−ですが、現実です。私が予測していた、動作風景は私自身の夢であった    のかもしれません!昨日の今日でこの有様です。解体所に連れて行って    ほしい所存です。」 「聞け、そうそう、何度も言わない事だ。」 なんだか、お互い半べそが入っている。 しかも、お互い駄目人間ときたもんだ。 「−−なんでしょうか?」 「げっちが、どんなHMかは僕が決める。それは、前から言っている通りだ、  変更はない。稼働から大して経っていないのに変な話だが…。」 「−−…」 「僕はげっちが好きだ。愛してるとか言う表現でも合っているかもしれない。  よくわからないが、近い感情だ。今も、げっち自身が見つかってかなりほっ  としている。」 「それに、今のこの環境や状態が好きだ。もし、げっちが完全冷静で、その辺  のファーストフードHMみたいな仕事ぶりなら、逆に買い変えてるよ。」 「−−でも、もっと高性能なら師匠はもっと幸せかもしれません。」 「んー。やめ!ともかく考えすぎるな。げっちの悪い癖だ。しばらくは、がん  ばって、僕のために働け!」 「−−はい。ポンコツですが、暫くは置いて下さい。」 「ぽんこつゆーな。さ、帰ろ。大須常連は夜の栄はぶらつかないの。」 さて、どうしたものか。たぶん電池切れだろう。燃料電池も大して持つまい。 横に座る。 「たてるのか。近くに車で来てる。」 「−−はい、本体稼働は20分程度までのばせそうです。残量計算が最近うま    く合いませんが。最低でもそのくらいかと。」 「ま、タクシーでも何でも方法はあるな、緊急時の時いろいろ教えておくよ。」 「−−はい。」 「あ、燃料持ってきた。今度から鞄とかで持ち歩くのもいいかもな。」 「−−お心遣い、恐縮です。」 「ふぅ。」 一息つく。 みかげは、ベンチに座る僕に少し体を向けて迎え入れる。 「小さい頃にね、でら好きな玩具があったんだ。・・・」 もう一度、煙草をくわえる。 「その玩具はよくできてい…?」 気がつくと3人ほどの人影が立っている。失礼だが、見窄らしい身なりだ。夏 が近いのにぼろ布に近いような長袖を着ている。穴のあいた軍手。 「あのぅ。そちらのお嬢さんかね、そちらはオーナーかぇ?」 老婆が口を開く。どこの訛りだろ。 ちょっと怖い。3人が距離を縮める。 「ええ。そうですけど、なにか?」 「こっちきたろ。」 今度は老人が手招きをする。 「−−?」 僕の方を見るみかげ。 「あ、この子電池無いんで、入れてきてもいいですか。」 「だぅぞだぅぞ。」 車。 「げっち、どうするよ。行くか?」 「−−師匠にお任せします。私も判断しかねます。」 「んー。」 このまま走り去ることも可能だろう。人柄的に騙しではなさそうだし。 変なやっかいごとでなければいいんだけどな。 僕はみかげに燃料を入れ、替えのバッテリを渡す。 「念のため携帯もげっちに渡しとくよ。」 「−−はい。もしもの時は使用します。」 再び100m道路の中州公園に。 2人で行くと老人たちは6人に増えていた。 案内されるまま、公園端のホームレスの小屋がいくつか有るところにくる。 「−−あ!」 「どした?ん、おい。」 「−−あの方です。」 「??」 「−−あの方に私はシールを差し上げました。」 そこには、座っている老婆にスプーンでご飯を食べさせているHMが居た。 やや汚れた服を着て、目立ちはしないが、皮膚の所々に破れが有る。 サテライト用の左側耳パーツがもげている。 HMはゆっくり立ち上がり、こちらに会釈をした。 あわせるみかげ。僕も少し会釈をする。 「シールくれたんじゃがの?」 「え?ああ、そいえば、うちのHMが差し上げたって。」 「−−はい、差し上げました。どうしても必要とのことで、致し方有りません    でしたが。」 「ありがとぅよ。ほら、これ、もっていき!」 手には、しわくちゃになったお札が何枚か有った。 僕は、ある程度察しがついた。 「うけとれすか!あげたんはあげたんよ!」 僕はちょっと強く反発した。 「そーいわんと、ほら、持っていってくんしゃい。」 「いかんちゅーに。」 「そなこつ、言うても、金高うんじゃ。わしらでは、よぅ連れて行きもできん  きに、金だけ、すまんが、もらっとくれ。」 「んー。じゃ、8000円。それ以上いらん。」 僕は、手を出した。 「しゃないの、ほり。」 「−−師匠。」 「まぁ、げっち。ちょっとまって。」 顎で差し、みかげの見る方向を変えてやる。 HMは老婆の食事を済ませ、こちらに来る。 「。。本当にありがとうございました。ミカゲさん、オーナーさん。」 ぺこり。 「。。シールがなければ、お薬も買うことができません。本当に感謝します。」 「こん子は、あたしらの世話してくれてるんよ。代わって、お礼いうよ。」 座っていた老婆も頭を下げる。 「気にすんな。えと、君、いつもここにいるんか?」 「。。はい。」 「そうか。ま、お金はいただいたから、シールはあんたのもんだ。堂々として  ろ。問題有ったら、僕にもらったって言え。」 「いえ。それは言えません。お気持ちは感謝します。」 「おいよ。またね。」 僕たちは後を去った。 「さてさて、路注とられてなきゃいいんだけど…」 この時間、駐禁をとられる事もないだろう。 「−−師匠!私にはよくわかりません。全体が把握できません。」 「難しいね。げっちがあげた事についてはHM同士ののっぴきならない理由かも  しれんから、追求する気は無かったね。・・・帰りながら話そ。」 僕は運転しながらある程度説明していった。 まず、あの場所がどんな所かということ。 シールをもらうには最低限オーナー確認と完全な本体で有ること。 やつは、きっと故障個所が多く、またオーナーも居ないこと。 「−−つまり、…」 「そ、野良HMだ。」 「−−野良HM…初めて聞きます。」 「たまにいるよ。古いタイプのやつとか。」 「−−野良猫等と一緒の意味合いで、よろしいのでしょうか?」 「そだね。しかも、捨てられてなお、ボランティアときたもんだ。泣かせるね。  ちゃんと有効に働いている。解体再利用の比じゃ無いね。フリーランスだ。」 「−−はい。先ほど知りました。私も感心いたしました。」 「シールをもらえる見込みは無いからね。世話ができなくなるのを奴自身心配  したんだろう。シールが無ければそのうち捕まって、解体だ。」 「−−複雑です。ちゃんと働けるのにどうして捨てられるんでしょうか?」 「しらんがね。そんなこと。事情はあるんやろ。ま、もっとも自分から捨てて  くれゆーとる、たわけはおるけどな。」 暫く沈黙。 「−−反省しています。どうか、お許しを。」 僕は特に返事をしなかった。 「−−・・・」 「−−・・・」 「−−最初に差し上げたと仰ったのに、後からお金を受け取りましたよね。仮    のオーナーの好意を無にしないようにですか?」 「うーん。無きにしもあらずだが、お金が欲しかったからだよん。」 「−−そうですか…」 「あ、いまちょっと見損なっただろう。んん?・・・8000円もあれば、奴  の動かないパーツが少しは買えるからだよ。」 「−−その言葉が意味することは、もしかして・・・」 「明日は会社休んじゃおーっと。そして、」 「大須行くぞ!」 「−−はいっ!」 僕は少しぷっと吹き出した。そう子供の頃を思い返したさっきのことだ。 大人げない。さっきは半泣きだった。 「誰かに拾われて、ちゃんと働いていたかもな。」 「−−何の話です?」 「子供の頃に玩具が可哀想って、思った事があってな・・・」 そう言いながら夜の車をとばした。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−fin