「−−これが貰えるのですか。」 「そうなんよ。ここの店でHM買うと、もれなく…。」 目の前には白地に黒い斑。つまり、牛柄。 「このもーもースーツとキャップが貰えるとゆー。」 「−−柄を除けばただの汎用スーツとキャップのようですが。」 「でも、他では売ってないんよ。ここのHM買わんと貰えーへん。」 「−−ここに並んでいるHMは私たちとかなり違いますね。」 「うむ。いわゆる洋物、外人さんだ。」 「−−そうですか。中もだいぶ違うのでしょうか?」 「ん、ゲートウェイのHMは、廉価・高性能が売りだからね。その辺の汎用機  に比べてずっと高性能だ。ヒューマンボードも良いのを使ってるし、サテラ  イトも標準装備している機体もあるしね。」 「−−・・・」 「?どうした。」 「−−胸が大きいのが好みですか?」 「な!なにゆうてんねん!」 「−−師匠は先ほどからあの方(HM)の胸ばかり見ています。私はそれほど    胸が大きくありません。やっぱり私の様なポンコツでは役不足でしょう    か。」 「ポンコツ…またどこからそんな言葉を…。た、確かに胸は見ていたかもしれ  ないが、それが、みかげっちがポンコツかどうかとは関係ありゃせん。」 「−−いえ、全く関係が無いとは思えません。いわゆる…高性能のHMに対す    る願望、その片鱗的な状態が胸を見るという行動を取らせている可能性    が高いのでは無いかと推測します。つまり、深層心理的な行動が何気な    い目線に現れる可能性が高いのです。だから…」 「ええぃ、訳のわからん事を…。男だったら、胸の1つや2つぐらい見ちょる  よ!これだけプリプリしていれば目も引くだろう。」 「−−お言葉を返すようですが、私の胸を見ていた事は過去のメモリに記録が    ございません!師匠は私の胸を、かのように見てくださいましたか?」 きゅっと眉を上げて、こちらを向くみかげ。鼻の上で眼鏡をぴっと正す。 「……」 「−−ほら。」 −−−−−−−−−−−−「大須芹緒組8」−−−−−−−−−−−−−−− −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− みかげの胸とか足とか見ないのは、僕自身が恥ずかしいからだ。好きな人は大 切にしたいだろう。そんな気持ちに近い。 僕は体裁的な反論が思いつかず、みかげにやりこめられてしまった。 このままでは、まずい。 「……やきもちか?」 「−−?」 「やきもちだろ。」 「−−すいません、仰れている趣旨が掴めませんが。」 「ジェラシーぃぃいっふふふんふんふん。」 逆に強く出て、何の歌ともつかない鼻歌でそっぽを向く。何とも子供が気を引 くときに使うような、情けない手法だが、仕方がない。 そのまま奥のパーツコーナーに行く。 みかげは暫く呆けてから、気が付いたように後を追う。 「−−私は、機械ですから、やきもちなど妬くわけはございません!」 「んん?どうかなー。みかげっちはやきもちちゃんだー。」 「−−違います。ただ、師匠の好みや趣向を私は確認したかったのです。」 「好みをわざわざ比較して、確認する機械があるのかなあ…」 「−−あ、いえ、ですから。本当に、やきもちなどではありません。」 みかげは暫く間をおいてから、服の裾をつかむ。 「−−私は、師匠にお仕えしたいです。でも、もし、師匠が他のHMがよろし    いと言うならば、私は師匠の意志を汲む所存です。」 「…みかげっち」 「−−ですが、私の努力で、師匠が他のHMの購入をしなくて済むようならば、    私は努力します。もし、師匠が胸部が大きいHMが好みで、かつ、私の    胸部を交換可能なら…」 「−−許しを頂いて、私は交換しとうございます…」 返す言葉が見つからない。 …前から薄々思っていたが、やっぱり僕は駄目人間だ。 「−−私は師匠の言うとおり、やきもちを妬いているのかもしれません。」 「−−私は師匠の事が、好きなのかもしれません。私は…」 僕の顔が熱い。みかげも顔が赤い。きっとお互いCPU処理しまくりだ。 客の何人かがこっちを見ている。さぞ僕の返事が気になる事だろう。 「み、みかげっち、まあまあ、これこれこれこれ。」 「−−はい。?」 胸部パーツだ。汎用HMとして、各サイズが用意されている。 「みかげっちが合うパーツは、これと、これと、これ。」 「−−3種類ですか。残念です。あちらにある、特大胸部パーツが良いのでは    ないかと思いましたので。こちらのは少し小さいですね。」 「じゅーぶんじゅうぶん。用途に合わせるんだよ。ただタプンタプンと付いて  いるわけではない。主に、緊急電源用の燃料電池や冷却水を入れるためだか  ら、HMの作業環境に依存するのさ。無駄に大きいのを付けても意味がない。」 「−−そうでしたか。視覚的効果の為のみかと思っていました。」 「そ・う・で・す・よ。そんなに僕も不純じゃない。あれも付かんことは無い  けど、おまえがあんなん付けたら丸2日は稼働できるぞ。無駄っぽい。」 「−−師匠はあの大きいのは魅力的と思いませんか?」 「逆にそれは視覚的、好みの問題やん。あまり、大きすぎるのも好かんな。」 「−−さらに逆です。機能的に丸2日も稼働できるのは、私にとって魅力的で    す。」 みかげは目を少し大きく開き、うるうるしている。 「そんなに燃料電池使われたら、破産してしまう。」 肩を落とすみかげ。 「−−そうですね。残念です。だったら、見栄えの為だけでも、あ!」 「ん?」 「−−師匠!ここに欲しかった局部パーツが飾ってあります!」 客の2人連れがプッっと笑う。店員も聞いていて笑う。 僕は小声で反論する。 「しーっ!声がでかい!それに僕が欲しかったみたいじゃないか!」 「−−はい。申し訳ございません。」 「ほんとにもー。いい加減にしやー。」 「−−いくつかありますが、どれも「つるつる」です。「洋物」はこうなんで    しょうか?」 「表現上、お店に堂々と飾れないのさ。ほら、胸部パーツもビーチクねーだろ。」 「−−本当ですね。ありません。ビーチク。」 「……わかるのか。ビーチクで」 店を出る。「ワールドプロックス」前。やめといた。 みかげに店内でのノウハウを教えてからにしよう。 「錦にアダルト専用HMショップ行けば、細部までわかる現物があるそうだ。  普通は確認できないからね。」 「−−そうですか…つるつる…」 みかげのあゆみが遅い。 振り返るとまたもや演算中か立ち止まっている。 「−−師匠!解かりました。」 歩み寄りながら、 「はぁっ?」 「−−すまたです。す・ま・た」 今度は歩行者が振り返る。 「すまたいった…」 「すまたって…」 聞こえてくる聴衆の声。 社会的地位も駄目人間になる瞬間か。 「−−すまたを行使すれば、全くコストを伴わ…ふがっ」 「いいから!こっち!」 みかげの発言を強引に止める。空いた手で引き連れ、100m道路を渡りだす。 周囲を見る勇気もなく、横断歩道を黙々と渡る。普通に歩くと2つ目の横断歩 道で停止させられる。丁度100m道路の真中だ。 少し向こうでは、バスケットボールを小学生達が騒ぎながらやっている。 やや後ろでは噴水のかすかな音。日陰で少し涼しく、ちょっと排気ガスの匂い のする風。 「ふぅ。ふぅ。」 「−−いかがされましたか?急に…」 「おめーやろ!(ビシ)」 「−−あっ。普段より強く打っています。」 「大体、大勢の前で、恥ずかしい言葉を言やー、誰でもこうするわ!」 「−−申し訳ございません。急ぐあまり、演算から結果報告へと動作を直接渡    してしまいました。以後気をつけます。」 「ああ、以後気をつけたまへ。」 「−−で、(小声)すまたのアイデアはいかがでしょうか?、もし宜しけ…」 (ぴし) 「−−師匠、話は最後まで…(ぴし)あっ…(ぴし)やっ…」 「…」 「−−・・・」 「…」 「−−すま(ぴし)」 ピッポーピッポー。人が動き出す。 パルコ前。 「−−ここは。」 「来週こなければならん。仕事の都合上、運が悪いと「げっち」一人で電車乗  り継ぎ、テクテクだ。」 「−−げっち?前音が発声されていませんが…」 「お前みたいなマセガキ情報娘はげっちだ。」 「−−げっち。」 「げっち。」 パルコ西館1階の来栖川HMメンテセンター「K−Beauty」。 「一応、ここで検診してもらって、シール張ってもらわないとな。外で色々行  動できないからな。」 「−−そうですか。初めてです。情報は在ります。車検のようなものですね。」 「うむ。今のシールが、4週しか猶予が無いしな。早いうちにシールもらおう。  明日からの仕事が立て込んでいたら、ここに一人でこなくてはならん。」 「−−はい。」 中には美容室のような空間があり、1体のHMが綺麗なドレスを着て、2体の HMに髪を梳いてもらっている。令嬢のようなHMは少し目を細め、こちらを 見ているのか、いないのか。 みかげはそっとガラスに触れ、ボーっと中を覗く。 綺麗で繊細な…見たことの無いHM。 「げっち、そっちちゃうで。そっちはカスタム専用のセンターじゃ。」 「−−あ、こちらですか。」 部品やネジが少し散らかっている、歯医者のような部屋だ。 4体ほどのHMがベンチで待っている。 「だいぶ差があるが、ま、気にするな。こっちで年間シールもらうんだぞ。今  日予約してお金払っとくから。まってて。」 「−−はい。ありがとうございます。」 また、向こうの窓にはりつくみかげ。 さっきのHMはもういない。 女性の人が出てきた。白衣を着ている。 手伝っていたHMが別のHMを連れてくる。 連れてこられたHMはドレスの裾を持ち上げスッとメンテシートに座る。 両手をひざの上へ。数秒後に1度だけ髪を掻き揚げなおす。 「君の100倍はするHMはどうですかー。」 「−−私にはかのような動作はありません。いえ、私の動作性能上できない行    為がいくつか在りました。」 「そうか。」 「−−何か惹かれるものがあります。」 「むずかしいこというね。ま、知らない生き物は誰だってじっくり見たいよ。  普通だ。だが…」 「−−だが?」 「これが最高とはゆやせんよ。」 「僕の最高は僕の手の中に在る。」 「−−師匠…」 「すまたゆーけどな。」 僕は肩を2度叩いた。みかげは少し恥ずかしそうに眼鏡をかけなおす。 夕方。夏を思わせるぐらいの夕焼け。 「そう言えば日が長くなったな。」 [−−左様ですか。」 「あ、せっかく来たんだから上も見よう。フィギュアショップが在る。プラモ  が欲しい。」 「−−はい。」 「MGササビー買って、一緒に作ろう。」 「−−はい。」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−fin