はしる。はしる。 人間と違って、息が切れない。 疲れることもない。 そう、HMは人とは違うと思ってた。 「−−はぁ、はぁ、待ってください。ひすいさん!」 「−んもう!」 「−−はぁ、はぁ。ふぅ、ふぅ。」 「−うわっ!・・・・・何でみかげが息切れてんのよ!」 「−−はぁ、はぁ。暫くお待ちを。・・・・・・」 「−はやくはやくはやくはやく!」 「−−・・・休憩を必要としています。」 「−なによ!なんで?なんで?なんで?なんで?」 「−−空冷が追いつかないのです。はぁ、はぁ。」 「−・・・ぽんこつ。」 「−−ぽっ!はぁ、はぁ。・・・ひすいさん、今、・・・はぁはぁ。ポンコツ    と申しましたね。」 「−ああ!言ったわよ!ぽんこつぅ!はやくしてよ!」 「−−ふうぅ。・・・酷いです。ひすいさん。」 「−ちょ!なに落ちついてんのよ!」 「−−つ、疲れて動けません。」 「−・・・・・・・・あんたほんとにHM?」 「−−表現の問題です。右足の加熱により、クールダウン中です。」 「−んも!んも!んも!んもー!ほんっとにポ…」 みかげはあたしの口を押さえる。 「−−それ、ゆーていかん!」 こくこく。 「−−解っていただけて、嬉しゅうございます。」 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■      大須翡翠物語    霧雨の中の影 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ みかげに合わせて動くことにした。 道中、みかげは自分の機体の説明を始めだす。へんなやつぅ。 「−−ひすいさん、かのような事を申されていましたが、・・・確かに近出の    HMとの比較では劣っている場合が多く存在するかもしれません。しか    し、セリオタイプはそれらHMさん達とは違うコンセプトで生み出され    たのです。」 「−−私達セリオタイプは長時間の稼働よりも、緊急時・災害時を考慮した、    瞬間的な稼働、言うなれば瞬発力を高められています。多くのセリオタ    イプがこれにより、官公庁、防衛庁などで稼働しています。」 「−−言うなれば、このような、行き先が定かでないマラソンを行うのは不得    意なのです。しかしセリオタイプは、効率的な稼働休憩により、これを    解消しています。ただし、その場合は、ソフトウェアが必要ですが。」 「−−残念ながら、私はそのソフトウェアをインストールされていません。ま    た、静音性を高めるため、師匠は空冷用のファンをやや小さくしました。    でも、師匠が悪いわけでは有りません。このような行動の必要性が低い    からです。」 「−−家庭用でマラソンが必要な事は有りません。逆に言うと、今のHMのコ    ンセプトはオールマイティという皮をかぶった無コンセプトです。過去    にチャンドラーというHMSが生み出された話を師匠に聞きましたが、    そのコンセプトはHMS熟練ユーザーの要望を聞いたものでした。」 「−−また、現行のIBM、パナソニックもHMSに対してのコンセプトを企    業ベースでなくユーザ・・・その・・・ひすいさん、聞いていますか?」 「−聞いてないわよ!もっと早く気付きなさいよ!」 あたしはレーダーに集中して辺りを検索しながら歩く。 マスターなら腕時計を持っているはず。 その時刻同期周波数が聞こえないかと必死に探してた。 「−−1時間前ならもう帰宅しているかもしてませんね。」 「−う、…うん、そうかも。」 「−−電話をかけてみてはいかがですか?」 「−うん。内蔵ピッチでかけてみる。」 「−−・・・・・・・・・どうですか?」 「−居ない。出ないから、帰ってきてないみたい。」 「−−では、大須にまだいらっしゃる可能性が高いですね。探しましょう。」 「−うん。」 1人だと、きっと半泣きだった。 みかげが側にいてくれただけでも嬉しい。 あたしの中では過去のメモリのロードや余分な演算が始まっていた。 「−−お察しします。私もそのような演算はよく行います。」 「−みかげ。ありがと。」 「−−私達HMの標準的なプロセスかと思います。」 そっか。みかげはなんだかんだ言ってもお姉さんなんだ。 15分ほど探したのだろうか。 なんだか、夜みたいな暗さになってきた。 だんだん雨足が強まる。 いた! 「−マス…」 「−−ひすいさん、お待ちを。」 「−!!!・・・。」 「−−・・・とても仲が良さそうな2人ですね。」 「−・・・・。」 「−−今行くと馬に蹴られそうです。」 「−・・・えぐっ。」 あたしは雨の中を走った。 「−−ひすいさん!傘と荷物を…」 わかってる。 みかげ、ごめんね。 あの人が来てるときは、私は家に帰れないの。 ザーーーーーーーーー。 大須観音。 土砂降りの中、鳩だっていないや。 あたしは、何度もメモリを検索する。 あった。 消せないようロックしてある。 『ここのね、煙を悪い場所に付けると、直るんだって。』 『−はい。』 『ほら。ほら。』 『−マスター、どうして頭に・・・』 駄目だ。泣きフラグが立っちゃいそう。 ザーーーーーーーーー。 『ここではね、お願い事をするんだ。』 『−はい。』 『ひすいもなんかお願いするんだよ。』 あたし、お願いする事なんて無かった。 HMだからそんなこと必要ないとも思った。 でも、頭がよくなるようにって、お願いした。 でも。いまなら。 でも。 でも。 ザッ。 あたしへの雨がやむ。 傘が。 「−−HMは、HMの勤めを行うほか有りません。」 「−みかげ・・・」 「−−それは、有用な時も有れば、無用な時も有るかと推測します。」 「−ううう。みかげ・・・」 「−−言い換えれば、水戸黄門です。」 泣いた。 買った服の袋も放り出したために濡れて汚れてた。 みかげは自分の服が汚れるのも構わず、大切そうにその袋を抱えてた。 泣いた。 「−うわーーーーーん。」 「−−よしよし。」 「−ホントはね、ヒック、いつまでも一緒にって、お願いするんだったのー。」 「−−左様ですか。」 「−ぐじっ。えぐっ。・・・うぇ。うえぇぇぇぇ。」 みかげはハンカチで私の顔を拭く。 「−−名案を思い浮かびました。」 「−ぐすっ。うん。なに?」 「−−今からでも遅くは有りません。お参りしましょう。神様へのお願いでも    上書可能と判断します。」 「−うん。ずる。」 「−−人間も「一生のお願い」というのを何度も行います。考えるにお願いは    上書可能なのです。私が勤めてから師匠は2度も一生のお願いをしてい    ます。この調子なら、3年ほどで100回はするでしょう。」 それから。 2人でお参りをした。 お願いはもう決まってる。 大須観音の境内で、雨を見ていた。 「−−いかがでしたか?」 「−やっぱり、今日はどこかで待機して欲しいだってさ。」 「−−そうですか。」 「−そのうち、紹介するから、それまで耐えて欲しいって。」 「−−よかったですね。トンちゃんさんと暮らさなくて。」 「−もう!」 「−−トンちゃんさんも、縄張りが荒らされなくて助かったと思っているでしょ    う。HM従属範囲としては最適でしたから。」 「−ありがと。嬉しいよ。でもみかげ、帰ってもいいよ。バッテリ切れるよ。」 「−−いいえ。おつきあいします。お友達ですから。」 「−みかげ。」 「−−それに既にバッテリは切れています。」 「−あー。燃料電池買い忘れた。」 「−−HMなのに駄目ですね。」 「−うぐ!しょうがないじゃない!・・・・・・ふふふ。駄目かも。」 「−−その点、私は駄目脱却といったところでしょうか?」 みかげは目をちょっと遠くに向ける。 聞き覚えのあるエンジン音。オイル替えてなさそうな。 車が止まる。 「いたいた!この雨の中、なーにやってんだか!おーーい。」 「−−師匠!ご迷惑をおかけして本当に申し訳有りません。」 「いーよいーよ。話は聞いた!」 「−エ・エロオーナー・・・みかげ?」 「−−はい。言うなれば召還。私の秘密兵器です。」 「−あ!ピッチじゃないのこれ!みかげ、持ってないって、言ったじゃない!」 「−−あの後買っていただいたのです。」 「−なによ!教えてくれたっていいのに!もう!」 「−−その後、ひすいさんがお聞きしなかったからです。」 「−うーー!」 「−−犬のまねですか?あまり似ていませんね。」 むっきーーーー腹立つ腹立つ腹立つ! 「お!暴れHMだ。みかげ、やってしまいなさい。」 「−なによ!!!!!!」 ■■■■■■■■■■■■■■大須翡翠物語!■■■■■■■■■■■■■■ 「−うん・・・うん。泊めてもらいます。・・・はい。お休みなさいませ。」 「お?何だって?」 「−明日、身代不動前に13:00だって。そこで紹介するって。」 「おーおー。早い展開でよかったな。」 「−うん。相手の人、マスターの彼氏からお婿さんになりそう、って言ってた。」 「え?」 「−−え?・・・その言葉からひすいさんとオーナーはズーレーという予測が    成立いたしますが。まさか白百合肉欲学え…あうっ!」 (ぺし) キキキー 「−わ!わ!」 「−−師匠!前!前!」