ステーションのスイッチを切る。 「−うわぁー・・・。」 窓を開けると雨だった。 「−結構、ふってるわね!もーっ!」 ぷんすか。 耳のミニアンテナを持ち上げる。 PHSダイアルアップ起動。 うーん・・・今日の天気、うーーん。 回線遅いーっ。 ・ ・ ・ 駄目だわ。明日も雨だ。 今日なんか終日、この降りみたい。 週末の大須。      雨。 「−みかげ・・・来るかな。」 あたしは、洗濯をする。あたしの服も殆ど汚れなくなった。 それから、家の掃除を軽く。 月に1度しか来ないマスターのために。 「−今日は緑の傘で行こう!」 緑は好き。赤は嫌い。マスターの好み。 マスターも落ち込んでるあたしなんか見たくないはず。 ま、マスターがいないから落ち込んでるわけであって、 落ち込んでいるあたしをマスターは見れるはずがないや。 何だかパラドックス。 あたしは1人で大須に行く。 そして今日も1人で帰ってくるだろう。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■      大須翡翠物語    雨・あめ・アメ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 交差点を抜け、ゲートウェイの店の前を通る。 三省堂のシグマの前を通る。 ここまでは必ず通る。ちょうどいつも、シグマの前からどこに行こうか検索を 始める。殆どランダムに決める。 人間で言う「気分」なのね。 アームのオイルの買い置きが無かったな。 燃料電池もこのところよく使ったけ。 そゆことも考えながら、店の道順を決める。 まずは、赤門通りへ。 角を曲がって、メガタウン奥のコンプマートへ。 「よう!ひすいちゃん、アームの調子はどうだい?」 「−うん、調子いいよー。今日はね、詰め替えオイル買いに来たの。」 「そうかそうか、んーと、ひすいちゃんはエプソンだから、これだっけ。」 「−うん、2つ。」 袋をもち、またぷらぷら。 「−そだ、服買わなきゃ。」 うん、もうすぐ、マスターが帰ってくるんだよね。 古着でもいいから、目に新しい服でお出迎えをしなきゃ。 どこ行こうか。 「−うんよし、creamyいこう。」 古着屋creamy。 女の子のお気に入り。 あたしもお気に入り。 雨がしとしと降る中、傘を差して、狭い路地を歩く。 「いらっしゃい。ひすいちゃん。」 「−うん、おはよ!」 「あーっ。ひすいちゃん、ちょっと店開けるの手伝って。」 「−いいよっ!」 「ありがとね。いつも手伝って貰って。」 「−ううん。全然平気。嬉しいぐらい。・・・あっ!今日駄目駄目。これは店   頭に置かない方がいいと思う。うん。だって、夕方から雨が強くなるよ。」 「ほんと?!じゃぁ、やめましょう。ひすいちゃんの天気予報、必ず当たるも  の。いつも感謝してるわ。」 「−あ・り・が・と!でも、ネットで調べてるだけだよ。」 「あらら、水がついちゃった。」 「−あ、ほんと!大変大変。かわかさなきゃ。」 雨足の強さがちょっとだけ増した。そしてすぐ霧雨に。 あたしは店頭近くのハンガーワゴンにビニールを掛ける。 「ひすいちゃん、本当にありがとね。」 「−ホントはアームにドライヤーついているHMだといいんだけどね。今度お   金余ってたら、あたし買うね。」 「ひすいちゃん・・・嬉しいけど、そこまでしなくても・・・」 「−ううん、理髪店でね、中古が余ってる時があるの。でも、すぐ買える訳じ   ゃないから、期待しないで待っててね。」 「うん、わかったわ。あっ!そうだ。新しい、服が入ってるの!」 「−え?!どこどこ?…これ?…うわぁ。すてきすてき!」 緑のタンクトップ。裾がオレンジ生地の2重縫いになっていて、ちょっと素敵。 あたしはそれを2つ買う。 それから、中京HMに向かう。 こないだ買った中古のソフトを転売するつもり。 HM用のAtokの13。言葉の意味も同時にメモリにキャッシュされるタイ プ。調子良かったんだけど、短い言葉噛むようになったからやめた。 赤門交差点に近付くときに、安いビニール傘を差した見たことあるHMを見付 ける。 みかげだ。 「−ふふーん。」 私は気づかれないように、後ろにつく。 みかげはグレーのリュックを前に抱え、信号を待っている。 オプションを全く付けていないみかげはHM信号を発信していないんだか、弱 いんだかで、なかなか見つけられない。 今日はみつけた! 「−みーかーげーっ。」 「−−あっ!ひすいさん。こんにちは。」 「−あんた何やってんのさ。」 「−−見ての通り、信号を待っているのです。」 「−う、ち、ちがうわよ!どこに行くの?」 「−−ひすいさんには特にお教えする必要は無いのですが。」 「−そんな、冷たいこと言わなくてもよいぢゃん。ねぇねぇ!」 「−−仕方が有りませんね。・・・無くなったテラメディアを購入しに来たの    です。」 「−ふぅん。エロオーナーよく使うね。先週買っていたじゃない。」 「−−はい、師匠は、バックアップ好きでございます。ひすいさんもバックアッ    プは取られていますか?」 「−まぁね。定期的にセンターで取って貰ってるよ。」 「−−先週買っていた事をご存じな所から思い出しましたが、毎週ひすいさん    とお会いいたします。不思議です。」 「−来るたんび、あんたを捜してんのよ!少しは嬉しがりなさいよ!」 「−−お使いの邪魔なので、あまり嬉しく思いませんが。」 「−くっ!いけしゃあしゃあと!・・・落ち着けひすい。・・・まぁ、お互い   暇なんだから、一緒に行動してもいいじゃない。目的果たせればいいんで   しょう?」 「−−それは、そうですが。・・・ひすいさん、他にお友達がいないのですね。」 「−むっきーっ!みかげだってそうじゃないかー!」 「−−すぐ怒るHMさんですね。友達として、残念です。」 「−ふぬぬぬぬぬぬ!」 「−−あっ!そう、押されては、雨に濡れてしまいます。いけません。」 ぱたぱた。 雨を払うみかげ。 眼鏡を指で構え直す。 時々びっくりする自然な動作。 時々セリオタイプって、すごいって思う。 それよりこの子、何で眼鏡してんのかしら。 「−ごめんごめん。わかったわよ。」 「−−ひすいさん・・・」 「−はい?」 「−−濡れた以上、責任を持って最後まで「して」頂く必要がありま…ふがっ。」 「−しーーーっ!なにいってるのよ!」 「−−それが「たち」の努めかと思いましたので。」 「−???」 みかげは時々わからないことを言う。 時々変なことも言う。 富士山のモニュメントのある公園。 何でピンクなのかしら。 雨だと誰もいない。 そこを斜めに横断する。 「−−どこに行かれるのですか?私はお使いがまだなのですが。」 「−あそこに、74+αって、店があるの。テラメディアならここで買うとい   いわ。」 「−−そうでしたか。知りませんでした。」 「−そこそこ安くて良いメディアを探せるしね。」 店内。 静か。 店員さんは一度顔を上げたきり、こちらを見ない。 これがいいのよね。ゆっくり見れるし。 あたしとみかげの稼働音だけが聞こえる。 「−−どれがいいのでしょう?」 「−しーっ。小さい声で話してよ。聞こえるから。」 暫く吟味する。 「−これよこれ、ARITAの動画800分メディア。」 「−−全く聞いたことが無いメーカーです。・・・599円とはとても安いで    すね。」 「−でしょでしょ。それに、ほら、…フタロシアニンコートよ。」 「−−何だか塗布が異様に薄い気がします。」 「−焼ければ何でもいいのよ!値段と、性能!」 「−−はい。理解しました。では、これを40枚。だいぶ予算より下回りまし    た。」 買う。みかげは丁寧にリュックに詰める。 「−−それでは、ひすいさん、ごきげんよう…」 「−何言ってんのよ!みかげもあたしにつきあいなさいよ!」 「−−話が違います。私は帰りたい所存です。」 「−どれがどう話が違うのよ!友達でしょ!」 「−−・・・仕方が有りませんね。それではお供します。」 「−そうそう。その調子ね。」 それからソフトを売りに行く。 1人で大須をうろつくよりずっと楽しい。 あたしは、マスターと大須を徘徊していたメモリを何度もロードしていた。 「−−ひすいさん、意味が分かりますか?」 「−え?」 あたしは店長に聞き返した。 「ひすいちゃん、予約の品はもう渡しちゃったよ。」 「−そ、それは・・・」 「−−それは、ひすいさんのオーナーが取りに来たという意味ですね?」 「ああ、そうだよ。1時間ほど前だったかな。」 店長は、HM用メモリを袋に詰めながら言った。 「−−あっ!ひすいさん、どこへ…」 「−決まってるじゃない!マスターが、マスターが来てるの!」 ふらふらと傘を持ち、ついてくるみかげ。 もう!こんな時にトロイんだから! 「−−でも、どこにいらっしゃるか…」 「−あたしには、レーダーが付いているのよ!少し探せばすぐ判るわ!」 戻って、みかげの手を引く。 みかげは眼鏡を落とさないよう、リュックを持ち、傘を持ち、手を引かれ、少 し混乱している。 ふふふ。 金曜日の夕方! あたしのマスターが帰ってきてるの! ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■fin