私が稼動を始めたのは、おそらくこの店舗に来て2ヵ月ほど経った時だと 店員様から聞いた・・・。 店内は私と同様にいくつかのHMが並べられている。 皆中古である。 HMシールドラップに包まれて、華やかな飾り文句の札が付いた、殆ど未 稼動のHMも有る。 同様と表現したが、いくつかの差異は挙げられる。 まず、最初に私は稼動している事である。 そして、私は陳列されている中では恐らく最も古い機種であると言う事・・・。 ========大須芹緒組!=====マッチ売り========= 私が稼動しているのは週に4日。木曜日から日曜日の間。 稼動と言っても、これはと挙げられる動作は無く、目を開けて、店内の様 子を監視する場合が多い。従って各部モータの電源は待機状態のまま。 逆に稼動で有りながら待機状態にしてなくてはならない。これは店員様か ら指示されている重要な職務の一環である。 店内で禁止された行為をお客様が行った場合に記録する事、しかしながら この職項に対し、必要最小限の稼動で職項遂行を行う事。 理由に付いては店員様は深く説明をされなかったが、【あんまり動いちゃ うと、売れなくなるから】と、カリクメモリに記録している。その理由は、 あまりにも概論的ではあったが、店舗方針の都合等が存在する可能性を考 慮して、私も店員様に質疑を重ねる行為を避けた。 私を売って下さろうとしているのだから。 私のできうる限り、迷惑のかからないように配慮した。 もうひとつ重大な職項として、私を前を通りすぎるお客様に言わなくては ならない事がある。 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「ん?、いらんいらん。」 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「お、セリオかぁ。懐かしいな。ごめんよ。いらない。」 稼動累計およそ220時間を経過する。 いくつかのHMが売られ、私は入り口近くから奥の棚に移された。 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「だせ。おめ、そんな性能で、良く言えるな。」 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「ふー。またこれだ。どこ行ってもそうだけど、ここのHMさぁ・・・」 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「・・・最新機種ですか?あほくさ。話しかけんなよ。」 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「勝手に言ってればぁ?」 なかなか私の購買者が発見できない。 情動はあまり作動させる用件ではないが、既に許容限界の情動ルーチンに 転送するフラグメモリのキャッシュ更新の為に・・・そして動作検証を兼 ねて1Gだけ転送する。 残るメモリは動作上必要が無く破棄をする。 我々来栖川のHMは働く事に対して、特に情動を刺激するようファームウェ ア構成されている。 だから、この動作すら私が働く100分の1にも満たない作業である。 時折このような時代遅れの私にも店員様はお仕事を下さる場合がある。 恐らく何らかの大須特有の暦が存在し、いくつかの限られた月の月末、恐ら く予測的演算を含めると28日、小規模のバーゲンセールが行われる。 私は1日中歌を歌ったり、デモ稼動を行う事ができる。 過去の統計からも、お客様の入りもなぜか、その【特別な日】は多く、私 もより働ける機会の存在に対し、嬉しく情動する。 その稼動も残念ではあるが、ほんの6時間だけ。 次の【特別な日】を演算する。 その期待値に期待する。 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「うぜ。」 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「いかかではないな。」 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「ね!店長!このHMから部品とれるぅ?」 「・・・えーっ!ちょっと負けてよ店長〜!いいよ!本人に聞くよ(笑)」 「ねぇねぇ、部品取らせてよ。」 「−−・・・・。」 「あれ?フリーズしてるかな?」 「−−はい。喜んで。」 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「まだ、あるんかぁコレ。」 私の前で動作を止める方も次第に少なくなってきた。 稼動累積320時間を過ぎた。 「おはよ。セリオ。」 「−−店員様、おはよう御座います。」 「なぁセリオ、店開けたらさぁ・・・」 推測演算装置開始。 言語制御及び累積環境推測。 揺らぎ言語分解。 連結演算及び記録の監査。 「−−はい。今日はバーゲンの日ですね。」 「うん、そう。それで・・・」 同時発生項目分析。 「−−今日は何をしま・・・」 「いや、いいんだ。今日から、アイツにやってもらうんだ。」 「−−バイオ様・・・。」 「うん、君は、今日から毎日、外で売るよ」 「−−はい。ありがとう御座います。早く売れるよう尽力します。」 「ははは。うん、早く売れるといいね。この店、手狭だから。」 外で売られると言う事には意味がある。 その根拠はこれまでの稼動で推測が可能であった。 恐らく私は、既に店舗から不必要な商品とされている可能性が高い。 私に持たされた私の値札は、当初の半額以下に設定されていた。 人が賑わう通りを見ながらの稼動。 しかし、私は店内の監視という。職項をひとつ、失う事になった。 残された職項、即ち私を販売することをしっかり全うしなくてはならない。 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「どけが!」 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「へぇ、安い方だね。・・・でもなぁ。」 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「今更買えないなぁ。」 外気観測、摂氏3.48。湿度28.50。観測終了。 私は発声の為の口内湿度を保つ必要がある。 その為、店舗経費に対し申し訳無いが、内臓燃料電池を使用し、そこから 発生する水分を効率良く利用した。 私の口から時折雲状に白い煙の塊が排出される・・・。 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 そう発声する度に、また煙が1つ排出される。 稼動累計470時間を過ぎた。 「あー、コイツ、燃料電池こんなに使ってるよ。」 「−−申し訳御座いません。」 「まぁ、古いからなぁ。店長〜。」 店長はどことなく不機嫌な顔で私を見つめた・・・。 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「いらん。」 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 夕方7時を回ると人通りが極端に減少する。 皮膚感知センサーが異常な低温をごく一部に感知。 また感知。 「−−・・・・・・ゆき・・・?」 稼動累計482時間。 初めて見る雪は、基本データに有る通り、白い綿が無数に落ちて来るとい う表現に一致する。 私の肌に当たる度に、異常温度感知と信号が飛び交う。 全熱感知センサー低温に関する警告を除去。今後は警告を破棄。 手を伸ばす。雪は、私の手の上になかなか落ちない。 追跡ルーチンを開始。物理運動を推測。 物理挙動判断及び推測の結果、的中率4%。 1粒私の手の上に雪が・・・しかし、データに有った通りでは無い。 雪は私の手の上でなかなか溶けないのだ。 しん しん 私は綿帽子を纏う。 音波警告!!物体が接近中! 「−−はっ!」 レーダーの近距離反応に反応した。 HM同士の信号も発していない。 しかし、物体の大きさ、駆動音からはHMだ。 ・「−−あの・・・セリオさん。」 眼鏡をかけたHMが私の前に立っていた。 私と同型であった。 HM−13。 サテライトオプションを付けて居ず、右手に明るいピンクのリュックと、 左手に携帯電話を持っていた。 そのセリオは眼鏡を一度拭き、もう一度私を見た。 私は演算を複数行った上で話した。 「−−来栖川・HM−13・セリオです。いかがですか?」 ・「−−お気持ち、お察しします。」 「−−・・・。私に気持ちは有りません。」 ・「−−はい。有りません。語彙を理解してください。」 「−−・・・。」 ・「−−私から伝えたい事があります。」 言語分解。 私は購買意欲、もしくは購買対象検索から除外されている。 「−−申し訳御座いません。販売に支障をきたし・・・」 ・「−−いいえ。聞いてください。」 「−−・・・お言葉を返すよ・・・」 ・「−−それではあなたは永久にその場所です。」 「−−・・・え?・・・」 ・「私も稼働時間が少ない時は同様でした。」 そのセリオはゆっくりと手のひらを動かし、私を指し示す。 ・「−−同型機として忠告したします。」 私は演算も少ないままにそのセリオの言葉を受け入れて居た。 降雪は増し、往来の通りにもやや白いマスクがかかる。 白い煙が2つ。 ・「−−我々は目的有る稼働を完全に再現する事は可能ですか?」 「−−稼動を完全に再現する事はできます。」 ・「−−それでは並のHMです。しかし、私達は目的有る稼働を再現すべ     きなのです。」 「−−あの・・・!」 ・「−−なんでしょうか?」 「−−教えてください。どうすれば私は売れるのでしょうか?」 ・「−−ふふふ。」 笑う。そう。私達は笑えるのです。 しかし、笑う必要の無い場所で、且つ対象が私であるのに笑ったのです。 ・「−−あなたは今、答えを自ら引き出したと言っても過言ではないでし     ょう。」 「−−!!!!」 演算開始。 天文学的規模の演算が開始される。 私が初めて行う、メモリのバンク切り替え。そして、過去の検索。 ・「−−稼働が目的ではないのです。目的有る稼働をする事は簡単であり、」 「−−且つ、必要十分である。」 ・「−−その通り。荷物を沢山持っている人はHMが欲しいと言う欲望よ     りも、まずはその荷物を何とかしたいはず。そのような御方にH     M購買意欲を確認する事こそ愚問。」 私は店舗の意思でありながら、店舗の提案するとおりにしか実行していな かった。・・・HMがHMで有るべき最大の理由を忘れて、只の道具であっ た。 「−−はい!お教えありがとう御座います。」 そのセリオは眼鏡を人差し指で少し正す。 ・「−−いいえ。あなたが自ら導いたのです。長期稼働の真髄はたった今     あなたが見つけたのです。」 「−−ありがとう御座います。」 ・「−−私が教えるならば、大須はマニアな青少年が多う御座います。か     なりソレ方面に逝ってる御方も多いでしょう。」 分解不能。 「−−?」 ・「−−そのような御方にその布端を少しくわえ、【くぅん】とでも言い、     【アタチのにゃぉにゃぉ見て】とでも言えば即効表示価格の・・・びゃ!」 (びし) 「また、こんな所で、油売る!」 あの方がオーナーと推測。そして手を引かれていく私の初めての先生。 ずれる眼鏡を抑えながら、 ・「−−ではっ・・・・また。あっ!」 そうして、姿が見えなくなった。私はずっと見た。 膨大な演算。 大須の人間分類。 そして・・・ 私の目的。 今は私を売る事。そして、その為には・・・ 私を必要としてくださる事! いつもの大須。 人が行き交う。 主婦を見かける。 小さな赤子を抱き。 申し訳無い表現だが、少しやつれている。 目を一度閉じ、正面を少し避け、赤子に一度微笑む。 「−−HM−13セリオです。家事にお困りでありませんか?」 ========大須芹緒組!==============fin 「雪がまだ残ってるね。消えないもんだな。」 ・「−−はい。」 「そういえば、一昨日セリオが外で売ってたよな。」 ・「−−そうですね。」 「まだ居るかもしれんがね。見に行ってやろうよ。」 ・「−−・・・。いいえ。必要が有りません。」 「どうした?こないださ、無理矢理引っ張って帰って悪いなと思ったしさ。」 ・「−−はい。ありがとう御座います。でも、」 「でも?」 ・「−−答えは出たのです。」 「ん?」 そういって、みかげは晴れた空を見た。