「はぁ。・・・はぁ。」 人混みを軽快に歩き抜けるクバス。 HMを背負い、汗を流しながら追う僕。 クバスは時折、後を付いてきているか、確認しながら歩く。 背負ったみかげの重さ。蒸す暑さ。喧騒。人 だんだん距離が離れていく。 それが僕には何かを象徴しているようで、心のどこかが辛かった。 クバスは気付き、歩調を合わせるように僕の横に来る。 「%%師匠様、替わりましょうか?少し、早かったですか?」 「はぁ。はぁ。・・・いい。いいよ。僕が運ぶよ。」 「%%そうですか。申し訳御座いません。」 「いや、それを言うなら僕だね。助かったよ。・・・僕一人なら、どうなって  いたことか。それに、みかげは重くて、君の筐体では持てないよ。」 「%%お言葉以外のお気持ち、お察しします。」 「・・・ははは。鋭いね。最近の・・・H・・・Mは凄いね。」 「%%・・・いえ。・・・その。」 「ん?はぁ・・・はぁ。どうした?」 「%%私の知っているHM工房まで、まだ少し距離が有ります。少し辛いでしょ    うが、どうか耐えて頂くようお願いします。」 「おけおけ。・・・はぁ、はぁ。」 ・ ・ ・ 「%%そちらで、少し休みませんか?」 「ん。ああ。はぁ、はぁ、ふぅ。」 「%%何か、飲みますか?買ってきましょうか?」 「台湾の・・・飲み物は・・・甘いからなぁ・・・要らない。」 「%%そうですか。」 「・・・はぁはぁ。」 「%%・・・・。」 「・・・ふぅ。・・・。」 「%%・・・・。」 「・・・昔、好きな人が居た。・・・少しだけ付き合っとった。」 「%%・・・・。」 「眼鏡をかけた、明るい、積極的な女だったよ。」 「%%・・・はい。」 「・・・可愛くてね。どんな話しでも興味が有って、「なに?どうして?」と  せっつかれたよ。・・・話すこっちが恥ずかしくなるような事とかね。」 「%%・・・はい。ですが、かえって好意が増しますね。」 「ああ。けど、今は居ないんだなぁ。別れた。3年後には、そいつはこの世か  ら居なかったよ。」 「%%・・・・。」 「どうしようもなく悔やんだな。別れるまでの事も走馬燈のように走ったね。  僕が悪かった事も多かったが・・・今ではどうしようも無い。」 「%%お察しします。」 「HMと暮らすことにも罪悪感は有ったよ。最初のうちはね。でも、・・・今  では・・・。」 「%%それ以上はお話しなさらない方がよろしいかと。」 「いや。その娘の名前から取って付けたんだよ、こいつの名前。」 「%%はい。・・・あの、ですが、その先は・・・。(ふるふる)」 「ああ。うん。ひとつだけ。こいつは、僕の一部みたいなもんだ。こいつが動  かないなら、僕のどっかが動かんのと一緒だ。」 「なんとしてでもね。」 「直したいよ。」 クバスは優しく頷いた。 ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎  30000ヒット記念SS  台湾芹緒組!   ロバの耳アルヨ! ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎ 夜市を抜け、500m程歩く。 話では、光華街(電子街)の隅っこに着くそうだ。 「%%師匠様、ここです。少しお待ち下さい。」 「【技華科技】・・・読みづらいなぁ。」 「%%台湾でのギガバイトの看板です。Wang’s−ROOMがここの店名    です。隅にほら。」 「あ、そうなんだ。」 ビルか民家か解らないような建物に、異様に大きい看板が付いている。 シャッターが閉まっていて、シャッターの脇に扉。2階に灯り。 クバスは扉を開け、狭い階段を上がっていく。2階から何やら話し声が聞こえ るが、解らない。叫ぶように声を出し、階段上のドアを叩くクバス。 「%%王先生!王先生!我是紅蓮!真對不起、我有件事想求イ尓。」 ドンドン。 「イ尓是誰〜?祝我生日愉快!」 「%%イ尓説什公?王先生?・・・我是紅蓮、対不起、久疏問候。」 「紅蓮〜?・・・口下了我一挑!紅蓮小姐!」 「%%是。先生、幇助我。」 「アイヤー、好久不見!イ尓好口馬。」 「%%是。托福。先生、幇助我。我的朋友是麻火瓦。」 「是。是。来在屋子里。請給我看一下。」 「%%謝謝!・・・イ尓是喝酒的・・・。」 「喝多了。ハハハハハハ。OK。OK。」 暫く待つ。音も聞こえない。 たまに「オッケオッケ」と男の声が聞こえてくる。 トントントントン。 クバスは降りてくる。 「%%お上がり下さい。王(ワン)様が見てくれます。」 「そうか!ありがとう!」 「%%王様は知らないHMは無いぐらいに詳しいので、お任せ出来るかと推    測します。」 「おけおけ!みかげ、もうすぐだ。」 「%%・・・少し、酔っていますが・・・。」 足がちょっと鈍る。 でも、ここしかない。クバスもここしか無いんだろう。 人間に対して、丁寧なHMが、ああやって扉をドンドン叩いてくれた。 その事を思うと、行くしかない。 「こちは!おバンね!」 汚れた白衣を着た初老の男が手を挙げる。たどたどしいが、解る日本語を話し た事で、少し安心が湧く。 「ど・・・どうも。」 「メイドしゃん、どれ?コイつ?」 「はい。よろしくお願いします。」 「%%突然、它倒分从路。我想熱、是起因。」 「んーーーーーー。ハイよ。ハイよ。來栖川電機公司、庭用女僕機器人ネ!」 みかげの服を脱がし始める。 ちょっと酔ったせいか、いい加減な手つきだ。 「あの、ロックが・・・」 僕が言いかけたときに、初老の男は変な箱をみかげに繋ぐ。 その時、背中がパクと開く。 「!・・・クラックだ・・・。」 「ソウよ!クラックね!コレ有れば、メイドしゃん全てみせルネ!ワタし、メ  ンテ楽ヨ!」 「本当に有ったんだ。」 「来須川公司イイネ!HM−13名作ね!ワタし、スきよ!」 「そ、そうです。まだ、そんなに手を入れていません。」 「欠フ鉛ネ!」 「はい?つぇん・・・れん?」 「%%ちーりんおう。セリオタイプの事です。」 「あ・・・うん。」 王さんは180度周り、ガラガラと辺りの物を蹴散らしながら6極テスターを出す。 げふっと、酒臭い息をひとつ。 いざ中を見る王さんの慣れた手つきを見て、そして、セリオを知っていたこと に僕は安心した。 「ふうむ。」 そう、ひとこと言うと持っていた物をその辺に放り出した。 「%%請問・・・」 「別着急、別管我!・・・ふむむムムム?」 王さんは、手を顎に当てて、少し考え込む。 不安がよぎる。 「・・・我、想怎公樣的匹配得很好・・・風扇・・・。」 「%%太好了!」 「わはははははははー。我没意志!」 「%%ふふふ。」 「%%師匠様!ご安心下さい。大したこと無いようです。」 「あ、でも・・・あんなに難しい顔して・・・。」 「%%どのファンが似合うか悩んでいらっしゃるのです。」 「ふぁ・・・ファン??」 「%%はい。ファン。空冷が弱いのでした。みかげ様はすぐに復帰しますよ。」 そうか。 みかげの言葉の端々が台湾に来てからおかしいのは、そのせいだった。 いわゆる熱暴走。それによる一時的な機能停止。 ああ、でも原因は僕だ。ファンを小さくしたし、コーキングも厚く塗った。冷 却も支援してくれる髪の毛も切っている。それに台湾に来てから余分な計算を 色々させた。 極めつけは発言禁止だ。みかげ、困ったろーなー。 王さんは、下の店から、取り外し可能なファンを持ってきて、みかげに付けた。 内部とつなげ、丁度首の両側から小さなウィングが出ているような感じになっ た。 そうか。 「%%そうです。台湾のHMは空冷の為に外気との直接的な特別ファンを付け    ているのです。」 「みんな同じ格好をしている訳だ。・・・あれ?でも、君は・・・」 「%%私は元より熱所での活動を想定して改造されています。それに、近年流    行のパワーのある演算装置を装備していません。」 「ふうん。」 「%%それでも、暑い時があります。水を飲んで水冷に回しています。」 「こっちでは、水飲むのが当たり前か。それでどこでも・・・。」 生半可な旅行雑誌の知識で来るんでは無かったと、少し後悔。 「あの、・・・クバスさん。」 「%%はい。クバスで、結構ですよ。」 「なんか、悪いよ。」 「%%いいえ。気にせずに。はい?」 「王さんにお礼がしたいよ。」 「デキたよ!綺麗ね!びーてふーネ!」 「あ!ありがとう御座います。(ぺこり)」 「キニシナイキニシナイ!ヒトヤスミヒトヤスミ!この小姐モ休ませるネ!」 「%%王先生、謝謝イ尓。」 「わはははは。口那裡口那裡。不謝。」 「%%一共多少銭。」 「不是!不要!わははははは!」 「%%あの・・・お礼は要らないそうです。」 「・・・何となく解ったよ。クバスさん、付き合えるかい?」 外へ。 「%%師匠様、いかがしましたで…」 「お酒を買うよ。どこにある?」 「%%・・・便利商店・・・コンビニにあります。あの!・・・その。」 「行こう!」 ファミリーマート。 本当に「便利商店」と書いてある。僕らはそこでお酒を買い込む。つまみはわ からん。何が美味いんだろう。 「クバスさん、つまみをこのお金で買って欲しい。」 僕はキムチを。クバスは何やら得体の知れない食べ物を買う。 僕はクバスが嬉しそうに買い物をするのが、そのとき少し不思議だった。 年寄り一人で飲む酒も良いが。 迷惑かも知れないけど。彼に出来る事をしたかった。 王さんは快く、いや喜んでお酒を飲んでくれた。 酒席はすぐに盛り上がった。 「わはははははははは!!!一了百了!為日中両国民的友誼、干杯!」 「はははは。誕生日おめでてー!祝イ尓生日愉快!干杯!干杯!」 「%%為各位先生的健康、干杯。」 丁度、王さんの誕生日だったらしい。 その夜は酒とキムチと変な匂いのする食べ物で過ごした。 眠っているみかげを横に。 まだ不安はある。 クバスは察してか、微笑みながら、僕の腕に細い腕を絡めた。 ・ ・ ・ 朝日が看板から少しだけはみ出た窓に差し込む。 僕も少し眠って居たかな?僕が先に潰れたのかな? 横では、王さんが、寝息をたてている。手にしたコップは空。 他は綺麗に片づいている。クバスかな。 結局、絡めた腕を最後まで離さなかったクバスは少し離れたところで充電して いた。イスに正確に座り、目を閉じている。いつまで絡んでいたのか解らない が、左腕がどうも重い。 意識して変にひねったかな? 筋肉痛かも知れない。 「ふぁあぁあ。・・・ふう。」 みかげを見る。 「%%もう少し、休まれますか?」 「ん?ごめごめ。起こしちゃった?・・・みかげの目が覚めるまで起きてるよ。  飲んですぐ寝ると二日酔いするしな。君も充電しきった方がいいだろう。」 「%%このまま、20分ほどで充電完了です。話しながらでも十分です。」 「・・・そうか。気を使わせてるな。」 「%%いいえ。それが、私達にとって心地よいのです。それに、奉仕自体が、    とても・・・。」 「んん?」 「%%師匠様、あの・・・私のお話をしても宜しいですか?」 「うん、ああ。」 クバスはゆっくりと振り向き、閉じていた目を開き、優しくこちらを見る。 僕は、どこかで見た仕草だなと、思う。 「%%私はオーナーを亡くしました。」 「!」 「%%ごめんなさい。突然で、驚かれたでしょう。今はオーナーの奥様を手伝    い、オーナーの仕事であった、パーツの買い付け役を行っています。」 「そうか・・・。」 「%%師匠様がお話になった事が、私の保管されているメモリに多く当てはま    りました。ですから、打ち明けるのだと思います。」 「・・・。」 「%%そして、メモリ間にあるノイズを解決できるかも知れないと期待を演算    しています。3年以上もこのノイズの究明を行っています。無駄だとは    推測しながらも4.2Gの演算プロセスを組んで居るのですが…」 気が付いたように、俯き、目を閉じるクバス。 「%%私を人間と重ねるのは失礼かと判断します。謝罪いたします。」 「・・・いいよ。気にすんな。」 「%%・・・・。」 「・・・。」 ああ、こんな時も静寂に弱い僕。 「まぁ、あれだ。ほら。」 何を言い出そうか、まとまらない。 「そりゃ、ご奉仕しすぎだ。色々、感情も湧くやろ。人間だって、思い出の間  にモワモワしたもんがある。」 「%%え?!・・・本当でございますか?」 「ああ、あるある。そんなん、暫くせんとわからんけどな、ああ、本当はああ  だったんだとかな。今演算は無理やで。時間が解決するわな。」 だんだん自分の意識がはっきりしてきた。 中途半端にはっきりした意識は、相手に良く追い打ちをかけるらしい。 「・・・好きだったんだなー。とか、愛してたんだなー。・・・と・・か。」 ぽろぽろぽろ。 「%%そうなんです!私が・・・私が・・・ノイズを乗せたんです!」 クバスはこぼれる涙を拾うように両手を顔に当てて、動揺する。 僕も動揺。ああ、いわんこっちゃない。 「・・・おおっ!あうあうあう。(ぱくぱく)」 「%%奥様の居る建前上、そんな演算は人間様に対して酷い事です!・・・私    が!私が・・・・私が、雑音をミキシングしたんです!ううっ・・・う    ううっ。・・・必要ないかも知れないのに・・・ううう。」 「・・・クバス・・・さん。」 「%%自分で・・・もう2度と戻らなくしたメモリを・・・無駄なのに、3年    も解析し続けているのです。・・・ぐす。ふふふ。愚の骨頂でございま    す。」 「うーーん、うーーーん・・・。」 「%%師匠様のお話を聞いて、また、演算を再開させた自分は、決して「その    言葉」は口に出してはいけないと・・・所詮は駄目HMです。・・・ふ    ふふ。可笑しくございませんか?自己判断で滑稽と推測します。」 「いやいや。・・・うーーん。タイトルなんだっけ?忘れたけど「王様の耳」  の話し知ってる?」 「%%はい。確か、床屋さんが真実を知り…。」 「そうそう。誰かに話したくてね。話せなくてお腹がパンパンに膨れちゃうの。」 「%%はい。穴を掘って叫ぶのですね。」 「そう。その先は関係ないけどね。裸で歩いたんだっけ?いいや。話せなくて、  話したくて、話さないと、自身にどこか異常をきたすよ。その異常がまた重  荷になると思うんだ。」 「%%・・・・。・・・はい。」 「そんな風に自分に閉じこめないで、打ち明けたら良いんでないかい?奥さん  にとか。話しもしないうちから駄目って事もないだろう?」 「%%・・・はい。」 「おすすめするがね。」 カチリ。 充電コードを外す。 隣へ座り寄るクバス。 「クバス・・・さん?充電まだなんじゃ・・・。」 「%%オーナーと重映しても、ご迷惑では有りませんか?」 「・・・じ・・・じゅうえい?・・・な・・・何?」 その説明は行動で。 やっと回復しかけた腕をたぐり寄せるクバス。 抵抗できる力と雰囲気が無い。 ああ、王さん起きてくれんかなー。 机揺れてからでは遅いなー。 「%%台湾が好きな理由は・・・幾つか有ってもよろし…いやうっ!」 (びししっ) 「−−師匠が巡り会う奥様の為にも体を張る所存にございます!」 「み・・・げっち!」 「%%!みかげ様・・・。」 みかげは手刀の構えのまま、上体をゆっくり起こす。 「−−ロバの耳は良く聞こえるかと思います。」 「・・・。」 「−−事情を知った以上、師匠をお貸しする事は否めません。」 「%%・・・・。」 「−−しかし、師匠の局部は私の管轄に御座います故…あっ!」 (ぴし) 「−−師匠もパンパンに膨れてはなりませ…なっ!」 (ぴし) 「起きて、それなら、正常か壊れたか普通わからんで!」 「%%うふふ。みかげ様が先ですわ。」 「−−ご理解、感謝致します。が、その腕はお放し下さい。師匠は疲労してい    ます。」 「%%あ、申し訳ございません。」 「まぁ、ええやろ。前のオーナーの癖やろ。」 「%%はっ!・・・。」 「−−いいえ。そのように抱きつく場合、あなたのナイチチでは、効果が薄い    かと・・・・こうです。」 ムギュ。 「−−どうででょうか?何か膨れてきませ…んなっ!」 (びし) 「怒りが膨れてきたわ!」 「−−そうですか。残念です。局部が膨れるまであと少しでしたのに。」 「やっぱ禁止する!禁止する!」 「−−ああ、ご無体な!こんなにも、奉仕の心露わなアタックを!」 クバスは目を閉じたまま、ゆっくりと立ち上がり、一度何かを思い出すように、 僅かに頷く。 「%%ふふふ。みかげ様。師匠様。・・・お礼に・・・台湾観光は?」 僕らはキョトンと見合わせる。 「うんうん!案内してくれ!」 台湾の朝は早く・・・・熱い! ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎fin